90年代以降のドイツにおける価値教育 (Werterziehung) に対する教授学的批判

90年代以降のドイツにおける価値教育 (Werterziehung) に対する教授学的批判
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20世纪90年代以来德国价值教育(Werterziehung)的教学批评

DOI:
10.11555/taikaip.78.0_219
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发表时间:
2019
期刊:
Proceedings of the Annual Conference of Japanese Educational Research Association
影响因子:
--
通讯作者:
平岡秀美
平岡秀美
中科院分区:
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文献类型:
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作者:
平岡 秀美;平岡秀美

文献摘要

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1. 問題の所在と目的グローバル化に伴い価値多元化が進行した社会において, 共通価値の喪失や規範意識の低下が嘆かれ, それが若者の反社会的・非社会的行動の原因として危惧されつつある. その打開策として, 価値教育が学校教育に求められていく動向が見られる. 日本においても, 多様な価値観との対峙やいじめ問題への対応を背景とした道徳教育の教科化などから, 既述の動向を見取ることが可能である. 価値多元化社会の到来によって, 学校での価値教育が求められる動向は, とりわけドイツにおいて顕著なものとなっている. 戦後ドイツは, 戦時教育におけるキリスト教倫理への攻撃ならびに操作的・注入的な教育への反省から, 学校教育は価値教育 (Werterziehung) から距離を取り, 教会の責任で行う宗教教育 (Religionsunterricht) に価値教育を担わせるという態度に徹してきた (Standop 2005: 11, 濱谷 2004). しかし 70 年代以降, 徐々にキリスト教倫理という共通価値の喪失からくる規範意識の低下という言説が台頭しはじめた. そうしたなかで, 価値教育の一形態としての倫理授業 (Ethikunterricht) が各州で設置されていく (Rösch 2009: 23 f.).これらの科目に関する日本における先行研究は, 日本の道徳教育に示唆を得るための好意的な参照先として, その設置経緯やカリキュラム構成を仔細に明らかにしている (例えば, 濱谷 2016). 他方でドイツにおいては, 科目の在り方によっては過大なあるいは不当な要求であるという批判が存在していることも事実である (Benner 1996). しかし, ドイツにおける価値教育に対する批判は, 決して科目設置についてのみではなく,「そもそも価値教育とは何か」 という問いに対峙し (伊藤 2008: 179), そこで取り扱われる 「価値」(Wert) の性質と取り扱い方に関するより原理的な批判を含んでいる. このような批判を 90 年代から現代に至るまで精力的に行っているのが, 教授学者のハイト (H. Heid) である. 彼は, 普遍的あるいは基本的な 「価値」(Werte) が客観的に存在するものであるという考え方と, そうした価値に向けられた価値教育構想を批判し, それに代わる代替案を提示した. では, ハイトがそのような主張をする背景となった, ドイツにおける価値教育とはどのようなものか. さらに, 彼の具体的な批判の矛先となる価値教育構想は誰のどのようなものか. 最後に, そのような構想に対する彼の批判と代替案とはどのようなものか. 本発表の目的は, 問いに回答することを通して, ドイツの価値教育に関する教授学的批判の一端を明らかにすることである. これにより, 日本における道徳教育実践の 「道徳的諸価値」 の取り扱いについての反省的な方法論的示唆を得ることができるとの見通しを持つ. 2. 本発表の概要