中国伝統文化からみた龍門石窟という「造形の場」についての研究
中国伝統文化からみた龍門石窟という「造形の場」についての研究
批准号:
24901005
负责人:
久野 美樹 (菅沼 美樹)
金额:
$0.19万
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Encouragement of Scientists
财政年份:
2012
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
2012 至 --
中文摘要
初盛唐期を中心とした龍門石窟という造形の「場」と「場の機能」を中国伝統文化から明らかにしようとするのが本研究の目的である。研究方法は、拙著『唐代龍門石窟の研究-造形の思想的背景について-』中央公論美術出版、2011年で全て訓読した唐代龍門造像記を基礎資料とし、「場」と「場の機能」に関する造像記中の文言を抽出し分析した。その結果、唐代造像記に刻まれた伊闕龍門への想いとして(1)伊闕龍門が紀元前から繰り返し都となった洛陽の南郊外に位置する、(2)中国の山河は萬が切り開き、伊闕龍門もまた禹がつくった山と谷である、(3)伊閣龍門の地をインドの山河に重ねる、(4)石の固さに永遠性をみて、法身による永久の救済に結びつける、(5)造像による回向の意識といった特徴が明らかになった。次に、造像記から得られた唐代龍門に仏像をつくった人々の想いを中国伝統文化から考察した。北魏の〓道元が著した『水経注』には、中国の山河は禹が切りひらき、崑崙山から河を通じて中国各地に気がもたらされるとある。禹萬がつくった伊闕龍門は、石窟前を流れる伊水から気がもたらされ、気の充実した土地であり、造像による回向の場としてふさわしいと考えられていたと推察した。伊闕龍門は、北の〓山から洛陽城を真っ直ぐ南へ貫く南北軸線上の南の先に位置する。陰陽五行説では北は陰、死を象徴し、南は陽、生を象徴する。またこの南北軸線は、洛陽城の南郊外で天を祀った円丘、南郊を有する王朝儀礼の軸線でもあった。伊闕龍門は洛陽城の南郊にあって、亡者の魂が生天、往生するにふさわしい天に近い場と考えられていた可能性を指摘した。唐代に入り伊闕龍門には地婆訶羅、善無畏らインドから来朝した高僧たちの墓が多くつくられる。洛陽人たちは、伊闕龍門を天に近い、生天、往生にふさわしい場と考え、またインドの山河と重ね考えていたからこそ、インドから来た高僧たちを手厚く葬る場としてこの地を選んだと推察した。
英文摘要
初盛唐期を中心とした龍門石窟という造形の「場」と「場の機能」を中国伝統文化から明らかにしようとするのが本研究の目的である。研究方法は、拙著『唐代龍門石窟の研究-造形の思想的背景について-』中央公論美術出版、2011年で全て訓読した唐代龍門造像記を基礎資料とし、「場」と「場の機能」に関する造像記中の文言を抽出し分析した。その結果、唐代造像記に刻まれた伊闕龍門への想いとして(1)伊闕龍門が紀元前から繰り返し都となった洛陽の南郊外に位置する、(2)中国の山河は萬が切り開き、伊闕龍門もまた禹がつくった山と谷である、(3)伊閣龍門の地をインドの山河に重ねる、(4)石の固さに永遠性をみて、法身による永久の救済に結びつける、(5)造像による回向の意識といった特徴が明らかになった。次に、造像記から得られた唐代龍門に仏像をつくった人々の想いを中国伝統文化から考察した。北魏の〓道元が著した『水経注』には、中国の山河は禹が切りひらき、崑崙山から河を通じて中国各地に気がもたらされるとある。禹萬がつくった伊闕龍門は、石窟前を流れる伊水から気がもたらされ、気の充実した土地であり、造像による回向の場としてふさわしいと考えられていたと推察した。伊闕龍門は、北の〓山から洛陽城を真っ直ぐ南へ貫く南北軸線上の南の先に位置する。陰陽五行説では北は陰、死を象徴し、南は陽、生を象徴する。またこの南北軸線は、洛陽城の南郊外で天を祀った円丘、南郊を有する王朝儀礼の軸線でもあった。伊闕龍門は洛陽城の南郊にあって、亡者の魂が生天、往生するにふさわしい天に近い場と考えられていた可能性を指摘した。唐代に入り伊闕龍門には地婆訶羅、善無畏らインドから来朝した高僧たちの墓が多くつくられる。洛陽人たちは、伊闕龍門を天に近い、生天、往生にふさわしい場と考え、またインドの山河と重ね考えていたからこそ、インドから来た高僧たちを手厚く葬る場としてこの地を選んだと推察した。
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