中近世移行期における紙背文書の考察-「義演准后日記」紙背文書の考察・分析から-
中近世移行期における紙背文書の考察-「義演准后日記」紙背文書の考察・分析から-
批准号:
17H00019
负责人:
関口 真規子
金额:
$0.22万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Encouragement of Scientists
财政年份:
2017
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
2017 至 --
中文摘要
本研究は、中近世移行期における社会の動向を知る上で、格好の史料としてつとに名高い「義演准后日記」(以下、「日記」)と、その紙背文書(以下、「紙背文書」)を主要な研究素材として取り上げる。そして日記の記述と紙背文書との関連性を探り、その意義を考察することを目的としている。まず醍醐寺蔵「日記」全62冊、「紙背文書」全点、ならびに「日記」とともに伝わる「有馬湯治記」(以下、「紙背文書」)のデジタルデータを講読した。そこで「紙背文書」から読み取れる出来事が「日記」本文に如何に現れるか、また文書の作成時期と、その文書を料紙として記入された「日記」本文の時期との開きを確認している。ただし時代が下るにつて、「日記」に使用される「紙背文書」の内容に変化がみられるため、その傾向を踏まえつつ作業を進めた。なお「有馬湯治記」は、慶長十九年(1614)二月から三月にかけて義演が摂津国有馬へ湯治に赴いた記事から始まる記録であるものの、湯治後の記述も大分ふくまれている。そのため、「義演准后日記」(第四五冊、慶長十九年正月~九月)との照合を行い、「有馬湯治記」の意義を考察した。なお、「日記」「紙背文書」の情報を補完するため記主である義演の周辺で作成された史料の調査を京都府等で行った。義演が座主ならびに三宝院門跡として活動していた醍醐寺では、同寺所蔵「醍醐寺文書聖教」の調査を行った。また京都府立京都学・歴彩館では、陽明文庫デジタル資料を閲覧し、「紙背文書」にも差出人として確認される近衛信尹の日記「三藐院信尹公日記」(8点)のほか「信尋公日記」(1点)「尚嗣公日記」(2点)などを閲覧した。
英文摘要
本研究は、中近世移行期における社会の動向を知る上で、格好の史料としてつとに名高い「義演准后日記」(以下、「日記」)と、その紙背文書(以下、「紙背文書」)を主要な研究素材として取り上げる。そして日記の記述と紙背文書との関連性を探り、その意義を考察することを目的としている。まず醍醐寺蔵「日記」全62冊、「紙背文書」全点、ならびに「日記」とともに伝わる「有馬湯治記」(以下、「紙背文書」)のデジタルデータを講読した。そこで「紙背文書」から読み取れる出来事が「日記」本文に如何に現れるか、また文書の作成時期と、その文書を料紙として記入された「日記」本文の時期との開きを確認している。ただし時代が下るにつて、「日記」に使用される「紙背文書」の内容に変化がみられるため、その傾向を踏まえつつ作業を進めた。なお「有馬湯治記」は、慶長十九年(1614)二月から三月にかけて義演が摂津国有馬へ湯治に赴いた記事から始まる記録であるものの、湯治後の記述も大分ふくまれている。そのため、「義演准后日記」(第四五冊、慶長十九年正月~九月)との照合を行い、「有馬湯治記」の意義を考察した。なお、「日記」「紙背文書」の情報を補完するため記主である義演の周辺で作成された史料の調査を京都府等で行った。義演が座主ならびに三宝院門跡として活動していた醍醐寺では、同寺所蔵「醍醐寺文書聖教」の調査を行った。また京都府立京都学・歴彩館では、陽明文庫デジタル資料を閲覧し、「紙背文書」にも差出人として確認される近衛信尹の日記「三藐院信尹公日記」(8点)のほか「信尋公日記」(1点)「尚嗣公日記」(2点)などを閲覧した。
期刊论文(0)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
義演准后日記とその紙背文書
吉延皇后的日记及其底纸
DOI:
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发表时间:
2021
期刊:
影响因子:
--
作者:
[栁 素子, 柿沼 亮介, 柿沼 亮介, 柿沼 亮介, 竹村茂紀, 矢田陽子, 矢田陽子, 矢田陽子, 関口 真規子]
通讯作者:
関口 真規子
近世武蔵国における修験道当山派の展開-醍醐寺三宝院門跡の動向から-
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批准号:16H00025
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项目类别:Grant-in-Aid for Encouragement of Scientists
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资助金额:$0.24万
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财政年份:2016
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负责人:関口 真規子
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依托单位: