明治後期における文章ジャンルおよび作文教育史の研究
明治後期における文章ジャンルおよび作文教育史の研究
批准号:
22902005
负责人:
佐々木 基成
金额:
$0.1万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Encouragement of Scientists
财政年份:
2010
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
2010 至 --
中文摘要
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英文摘要
本研究では、明治中期から後期における文章ジャンルと作文教育史との接点を解明し、現行の作文教育に応用できる可能性を検討することを目的とした。明治二十年代から三十年代においては、「叙事文」「記事文」などの文章ジャンルがその作法書とともに乱立した時期であるが、四十年代にかけては消えていく。そこには1886(明治19)年から1900(明治33)年に「綴り方」の名称で国語科に編入するまでの14年間に存在した作文科独立期の影響が大きい。「形式的模倣期」ともいわれる作文科独立期は実り少なかったとされるが、その要因を考察するとともに現在の作文教育に援用できる可能性を模索した。そこで、今まで検討されてこなかった教育関係雑誌媒体における実践報告や理論に注目した。同時期主要教育雑誌である『教育時論』『教育報知』『大日本教育会雑誌』を対象とし、網羅的に作文関係記事をリストアップして同時期作文作法書も含めて考察した。また、それらを踏まえて現行の作文教育における説明文の定義を再検討し授業実践に活用した。結果、明らかになったのは以下の二点である。(1)関係記事からは、作文独立期の教育者は、形式的模倣に因循と堕したのではなく、基盤的「思想」力の涵養という初発の目的を看過したため、自由主義的作文にもスキルとしての合目的的作文技術にも結実することができなかった。(2)実用や思考力酒養という目的から離れた文章ジャンルは、作文のための作文という自己撞着に陥った。これらは現行作文教育、特に説明的文章の作文指導に対して示唆に富む。特に、この時期の叙事文と記事文の定義の曖昧さは現代にも通じるものである。本年度は、作文科独立期の末期に生まれた写生文という新たな文種が持ちえた報告文としての可能性を再検討し「〈報道〉する写生文-寒川鼠骨から西遼一へ-」(『日本文学』2010/12)に論文化した。今後、研究全体を踏まえ、さらなる成果を公表予定である。
期刊论文(1)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
<報道>する写生文 -寒川鼠骨から西遼一へ-
<报告>草图 - 从寒川鼠骨到西良一 -
DOI:
--
发表时间:
2010
期刊:
日本文学
影响因子:
--
作者:
[古橋千明, 礒野美佳, 佐藤暁, 佐藤暁, 佐々木基成]
通讯作者:
佐々木基成