1939年8月のイギリス、ポーランド同盟成立にいたる両国の政策決定過程について
1939年8月のイギリス、ポーランド同盟成立にいたる両国の政策決定過程について
批准号:
63510218
负责人:
松川 克彦
金额:
$0.7万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for General Scientific Research (C)
财政年份:
1988
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
1988 至 --
中文摘要
本研究は、1938年8月26日、戦争勃発6日前に締結されたポーランドとイギリスの同盟条約締結交渉において、両国の諜報機関がもつ情報が政策決定に与えた影響に関する問題を扱うものである。まず、焦点をあてたのは、ポーランドの諜報機関、陸軍参謀本部第二部についてであった。第二部は、1939年3月以降重点的にドイツ国内に諜報網を広めていく中で貴重な情報を入手した。例えば3月15日のドイツ軍によるチェコ占領については、フランスやその他のヨーロッパ諸国のいかなる諜報員よりも早く、一週間前にはその可能性を報告している。もう一つ例をあげると、ポーランドにとって決定的な意味をもつ独ソの接近に関しても、すでに1938年12月にはその可能性について第一報を発している。しかしながら、このような第一線の諜報員からの貴重な情報は、第二部内において充分に活用されたとはおもえない。上記の二例についても否定的なコメントがつけられており、ほとんど注目されなかった。またポーランド外交政策決定について外務大臣とならび重要な役割をはたした軍総監も、第二部の活動についてはほとんど興味を示していないことも明らかになった。ポーランド外交の政策決定者は、イギリスとの接近によってドイツの動きに積極的に対処しようとしたものであると結論づけることは困難である。諜報員達の報告はドイツの危険性を明白にし、警告を与えていた。それにも拘らず、政策決定者達は情報を充分活用できなかったといえよう。以上の詳細は、すでに投稿済である。また今回は触れられなかったイギリス側の事情の調査は、今後の課題としたい。
英文摘要
本研究は、1938年8月26日、戦争勃発6日前に締結されたポーランドとイギリスの同盟条約締結交渉において、両国の諜報機関がもつ情報が政策決定に与えた影響に関する問題を扱うものである。まず、焦点をあてたのは、ポーランドの諜報機関、陸軍参謀本部第二部についてであった。第二部は、1939年3月以降重点的にドイツ国内に諜報網を広めていく中で貴重な情報を入手した。例えば3月15日のドイツ軍によるチェコ占領については、フランスやその他のヨーロッパ諸国のいかなる諜報員よりも早く、一週間前にはその可能性を報告している。もう一つ例をあげると、ポーランドにとって決定的な意味をもつ独ソの接近に関しても、すでに1938年12月にはその可能性について第一報を発している。しかしながら、このような第一線の諜報員からの貴重な情報は、第二部内において充分に活用されたとはおもえない。上記の二例についても否定的なコメントがつけられており、ほとんど注目されなかった。またポーランド外交政策決定について外務大臣とならび重要な役割をはたした軍総監も、第二部の活動についてはほとんど興味を示していないことも明らかになった。ポーランド外交の政策決定者は、イギリスとの接近によってドイツの動きに積極的に対処しようとしたものであると結論づけることは困難である。諜報員達の報告はドイツの危険性を明白にし、警告を与えていた。それにも拘らず、政策決定者達は情報を充分活用できなかったといえよう。以上の詳細は、すでに投稿済である。また今回は触れられなかったイギリス側の事情の調査は、今後の課題としたい。
期刊论文(1)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
松川克彦: 京都産業大学論集、国際関係系列. 第15号. (1989)
松川克彦:京都产业大学文集,国际关系系列第 15 期。(1989 年)
DOI:
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发表时间:
期刊:
影响因子:
--
作者:
[]
通讯作者:
朝鮮半島統一問題と日本の立場-東西ドイツ統一に際するポーランドの政策と比較して-
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批准号:14652014
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项目类别:Grant-in-Aid for Exploratory Research
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资助金额:$1.15万
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财政年份:2002
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负责人:松川 克彦
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依托单位:
海外基金