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昭和10年代文部省の機関哲学と國體明徴政策の相互制約関係についての研究

昭和10年代文部省の機関哲学と國體明徴政策の相互制約関係についての研究
20世纪30年代教育部的制度理念与国家清洁政策的相互制约关系研究
批准号:
22K01347
负责人:
植村 和秀
金额:
$2.58万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
财政年份:
2022
资助国家:
日本
项目状态:
未结题
起止时间:
2022-04-01 至 2025-03-31

项目摘要

项目成果

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中文摘要
翻译
本研究は、昭和10年代に文部省が推進した国体明徴政策について、政治思想と政治過程の交錯、思想的政策の実態と限界、内務省や陸海軍、知識人や政治運動との関係などの検証を行なうことを目的としている。そこで、まずは植村が教学刷新評議会の議事録分析を行ない、文部省の国体明徴政策の出発点を明らかにする作業を進めている。同評議会は昭和10年から11年にかけて文部大臣を議長として開催され、外局として教学局が設置される際に重要な役割を果たした。この分析による新しい知見として、当時の文部省の思想的立場と大東文化協会の思想的立場とに強い関連性があることを特に挙げておきたい。大東文化協会は大正12年設立の財団法人であり、「皇道及国体に醇化せる儒教」の振興を目指して大東文化学院を運営していた。他方で昭和10年代の文部省は、東洋文化と同じく西洋文化も国体に醇化して活用すべきとの思想的立場を採っており、この立場は大東文化協会の立場を発展させたものと位置付けることが可能である。実際、大東文化協会関係者は天皇機関説弾劾の重要な担い手となり、あるいは、教学刷新評議会の熱心な委員となっていた。天皇機関説事件の責任を問われて教学刷新評議会設立に至る政治的な流れの中で、この協会関係者が弾劾側で重要な役割を果たしていたのである。この時点に限らず、文部省と大東文化協会の人的・思想的な関係には強いものがあり、大正から敗戦までの長期的な視点での検証作業が必要であると考える。研究組織内でこの知見を共有するとともに、植村は教学刷新評議会第1回総会での議題設定を追跡した研究成果を『産大法学』で公表し、両者の関係の解明作業に着手している。研究組織内では、文部省外部の知識人として特に筧克彦と斎藤しょう(日へんに向)に注目し、それぞれの思想的立場について情報を共有して、文部省との関係について議論を進めている。
英文摘要
本研究は、昭和10年代に文部省が推進した国体明徴政策について、政治思想と政治過程の交錯、思想的政策の実態と限界、内務省や陸海軍、知識人や政治運動との関係などの検証を行なうことを目的としている。そこで、まずは植村が教学刷新評議会の議事録分析を行ない、文部省の国体明徴政策の出発点を明らかにする作業を進めている。同評議会は昭和10年から11年にかけて文部大臣を議長として開催され、外局として教学局が設置される際に重要な役割を果たした。この分析による新しい知見として、当時の文部省の思想的立場と大東文化協会の思想的立場とに強い関連性があることを特に挙げておきたい。大東文化協会は大正12年設立の財団法人であり、「皇道及国体に醇化せる儒教」の振興を目指して大東文化学院を運営していた。他方で昭和10年代の文部省は、東洋文化と同じく西洋文化も国体に醇化して活用すべきとの思想的立場を採っており、この立場は大東文化協会の立場を発展させたものと位置付けることが可能である。実際、大東文化協会関係者は天皇機関説弾劾の重要な担い手となり、あるいは、教学刷新評議会の熱心な委員となっていた。天皇機関説事件の責任を問われて教学刷新評議会設立に至る政治的な流れの中で、この協会関係者が弾劾側で重要な役割を果たしていたのである。この時点に限らず、文部省と大東文化協会の人的・思想的な関係には強いものがあり、大正から敗戦までの長期的な視点での検証作業が必要であると考える。研究組織内でこの知見を共有するとともに、植村は教学刷新評議会第1回総会での議題設定を追跡した研究成果を『産大法学』で公表し、両者の関係の解明作業に着手している。研究組織内では、文部省外部の知識人として特に筧克彦と斎藤しょう(日へんに向)に注目し、それぞれの思想的立場について情報を共有して、文部省との関係について議論を進めている。
期刊论文(0)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
教学刷新評議会の議題設定ー第1回総会を中心にー(1)
教改会议程设定 - 聚焦第一次全体会议 - (1)
DOI: --
发表时间: 2023
期刊: 産大法学
影响因子: --
作者: [Marina Lomaeva, Fujio Ohnishi, Fujio Ohnishi, Fujio Ohnishi, Fujio Ohnishi, 大西富士夫, Fujio Ohnishi, 大西富士夫, Fujio Ohnishi, 清滝仁志, 植村和秀]
通讯作者: 植村和秀