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後水尾院幡枝御茶屋・岩倉御茶屋との関連にみる修学院離宮の造営に関する研究

後水尾院幡枝御茶屋・岩倉御茶屋との関連にみる修学院離宮の造営に関する研究
与后水王院羽多茶屋、岩仓大茶屋有关的修学院离宫的建造研究
批准号:
08750753
负责人:
小沢 朝江
金额:
$0.58万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Encouragement of Young Scientists (A)
财政年份:
1996
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
1996 至 --

项目摘要

项目成果

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中文摘要
翻译
後水尾院の幡枝御茶屋・岩倉御茶屋について、その位置・沿革・建物等を検討した。判明した諸点は次の通りである。(1)幡枝御茶屋は、従来円通寺(京都市左京区岩倉幡枝町)がその跡であるとされていたが、誤りであって、旧幡枝村のうち木野(左京区岩倉木野町)に位置した。(2)幡枝御茶屋は遅くとも慶安2年(1649)には存在し、漢文12年(1672)に近衛家に下賜され、以後明治まで近衛家が所有した。(3)幡枝御茶屋には、「寿月観」と呼ばれる御殿と「鷺聴亭」と呼ばれる御茶屋、山上に位置する「邇遐」の、3棟の建物が存在したが、漢文12年にはすでに失われていた。このうち寿月観は、修学院離宮に同じ名の御茶屋があり、移築された可能性がある。(4)岩倉御茶屋は、明暦2年(1656)頃御殿が造られ、女三宮の山荘として整備された。御殿は少なくとも延宝7年(1679)まで存続し、敷地は宝永5年(1708)以降岩倉住の山本家の管理となった。(5)岩倉御茶屋の敷地は、2棟の御殿が建つ部分と万年岡から成り、御殿の敷地は京都市左京区岩倉忠在地町の岩倉川東岸、万年岡はその西に位置した。(6)岩倉御茶屋には、2棟の御殿と、万年岡の御茶屋の、少なくとも3棟の建物が存在したが、いずれも宝暦5年までに失われた。このうち後水尾院御殿については、林丘寺書院として現存する可能性がある。
英文摘要
後水尾院の幡枝御茶屋・岩倉御茶屋について、その位置・沿革・建物等を検討した。判明した諸点は次の通りである。(1)幡枝御茶屋は、従来円通寺(京都市左京区岩倉幡枝町)がその跡であるとされていたが、誤りであって、旧幡枝村のうち木野(左京区岩倉木野町)に位置した。(2)幡枝御茶屋は遅くとも慶安2年(1649)には存在し、漢文12年(1672)に近衛家に下賜され、以後明治まで近衛家が所有した。(3)幡枝御茶屋には、「寿月観」と呼ばれる御殿と「鷺聴亭」と呼ばれる御茶屋、山上に位置する「邇遐」の、3棟の建物が存在したが、漢文12年にはすでに失われていた。このうち寿月観は、修学院離宮に同じ名の御茶屋があり、移築された可能性がある。(4)岩倉御茶屋は、明暦2年(1656)頃御殿が造られ、女三宮の山荘として整備された。御殿は少なくとも延宝7年(1679)まで存続し、敷地は宝永5年(1708)以降岩倉住の山本家の管理となった。(5)岩倉御茶屋の敷地は、2棟の御殿が建つ部分と万年岡から成り、御殿の敷地は京都市左京区岩倉忠在地町の岩倉川東岸、万年岡はその西に位置した。(6)岩倉御茶屋には、2棟の御殿と、万年岡の御茶屋の、少なくとも3棟の建物が存在したが、いずれも宝暦5年までに失われた。このうち後水尾院御殿については、林丘寺書院として現存する可能性がある。
期刊论文(0)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
小沢 朝江(他1名と連名): "女三宮の岩倉御殿について" 日本建築学会大会学術講演梗概集. 127-128 (1996)
小泽浅江(与他人合着):“关于恩纳三宫的岩仓宫”日本建筑学会会议学术讲座摘要 127-128(1996)。
DOI: --
发表时间:
期刊:
影响因子: --
作者: []
通讯作者:
建築材料・意匠の公告媒体としての府県連合共進会の意義と地方建築界の近代化
  • 批准号:
    22K04513
  • 项目类别:
    Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
  • 资助金额:
    $2.66万
  • 财政年份:
    2022
  • 负责人:
    小沢 朝江
  • 依托单位:
桂宮家の本邸の御茶屋との比較検討を中心とした江戸時代中期の桂離宮の研究
  • 批准号:
    06750665
  • 项目类别:
    Grant-in-Aid for Encouragement of Young Scientists (A)
  • 资助金额:
    $0.51万
  • 财政年份:
    1994
  • 负责人:
    小沢 朝江
  • 依托单位: