中世考古学のための日本中世・近世初期の文献研究
中世考古学のための日本中世・近世初期の文献研究
批准号:
15068205
负责人:
矢田 俊文
金额:
$6.08万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Scientific Research on Priority Areas
财政年份:
2003
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
2003 至 2006
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(1)中世古文書学的研究では商家文書論はないので、文献からみても遺物・遺跡からみても間違いなく集散地遺跡であることが明らかな近世の遺跡の検討、中世の集散地と明確に認定できる遺物・遺跡の検討が重要であることを明確にした。検討すべき追跡の事例としては、橋(百間川米田遺跡)・碇(元島遺跡、高松城跡<(西の丸町地区)>・土蔵(〓列建物)・荷揚げ場(礫敷遺構:高松城跡<西の丸町地区>)等がある。(2)財産の保管機能をもつ建物には塗籠と呼ばれる建物があった。中世の塗籠と呼ばれた建物は、倉と同じ機能をもち、さらに火事や盗難に強く、壁に塗籠が施された土蔵であったことを明らかにした。また、「堂」もその多義的な機能の一つに貯蔵があったことをあきらかにした。(3)売券に土蔵が屋とともに記されることがあり、土地のみの売買価格の倍程度の値が付けられていることを明らかにした。また、文書や説話集などから、規模は3間が多く、屋があり後園をはさんで土蔵が立地していた状況を復元することができた。(4)土蔵と櫓を区別して研究をしない方がよい。大内氏館のように平地のシロにも土蔵はあった。シロの〓列建物である櫓は土蔵と同様の機能を持つものとして理解すべきことを明確にした。(5)東日本では現時点では〓列建物の報告例がない。しかし、戦国期権力は、土蔵を作り、鉄砲の玉薬や黄金を収納していたことから、16世紀後半には、東日本のシロに土蔵があったので、東日本に土蔵造りの建物がなかったとは考えにくい。現在西日本で出土している土蔵は、〓列建物のなかから選択された遺跡であり、東日本で〓列建物が出土しないことと土蔵が存在しないことは同じ問題ではない。中世東日本の土蔵の問題は独自に考えなければならないことを明確にした。
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仁木 宏: "戦国富松都市論-尼崎市富松城・富松集落の研究-"地域史研究. 33巻1号. 2-34 (2003)
二木宏:“战国富松城市论——尼崎市富松城和富松村的研究”地区史研究第33卷第1.2-34期(2003年)。
DOI:
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发表时间:
期刊:
影响因子:
--
作者:
[]
通讯作者:
新潟県中越地震被災地の文化遺産とその救出
新泻县中越地震灾区的文化遗产及其救援
DOI:
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发表时间:
2005
期刊:
遺跡学研究 2
影响因子:
--
作者:
[天野哲也, 臼杵勲, 菊池俊彦(編), 増田隆一, 柴垣 勇夫, 二宮修治ほか, 矢田俊文]
通讯作者:
矢田俊文
中世の城館と集散地
中世纪城堡和定居点
DOI:
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发表时间:
2005
期刊:
影响因子:
--
作者:
[奥野充, 中村俊夫ほか, 矢田俊文]
通讯作者:
矢田俊文
仁木 宏: "戦国時代、村と町のかたち"山川出版社. 110 (2004)
二木宏:《战国时代的村镇形态》山川出版社110(2004)。
DOI:
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发表时间:
期刊:
影响因子:
--
作者:
[]
通讯作者:
史料紹介-大名道具帳
史料介绍-大名道口町
DOI:
--
发表时间:
2004
期刊:
中世考古学文献研究会会報 2
影响因子:
--
作者:
[原 直史]
通讯作者:
原 直史
共 24 条
戦国期の和泉・紀伊と越後の集落形成に関する地域比較史的研究
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批准号:01710190
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项目类别:Grant-in-Aid for Encouragement of Young Scientists (A)
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资助金额:$0.51万
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财政年份:1989
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负责人:矢田 俊文
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依托单位:
海外基金