室町・戦国時代の北方世界における新仏教の発展と住民移動・社会変容
室町・戦国時代の北方世界における新仏教の発展と住民移動・社会変容
批准号:
11871051
负责人:
齊藤 利男
金额:
$1.41万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Exploratory Research
财政年份:
1999
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
1999 至 2000
中文摘要
本年度の調査・研究では、昨年の研究で具体的な成果を上げた室町・戦国時代における本願寺教団の北方布教・門徒移住の問題に、焦点を絞った。そして、本願寺教団の北方布教の基地であり、移住門徒の故郷でもあった北陸地方(加賀・越前)に重点を置き、この地域の一向宗寺院に、門徒集団の北方への移動・移住を物語る資料が残されていないか、発見につとめた。また、門徒集団の「移動性」の具体像を探ることにも力を入れた。調査の対象としたのは、本願寺蓮如教団の拠点越前吉崎(福井県金津町)と、周辺(石川県加賀市・小松市)の一向宗寺院であり、さらに、地元の研究者との交流を行う中で、資料の収集につとめた。その結果、判明した事実は次のようなものである。1、吉崎を始め、福井・石川両県(越前・加賀)に分布する一向宗寺院には、門徒団の北方移住を物語る資料や伝承は、ほとんど残されていない。2、そうした中、小松市長崎の真入寺には、加賀から新潟をへて秋田への移住を物語る伝承が残され、秋田側(秋田市真敬寺)の資料ともほぼ一致した。3、移住門徒の故郷である越前・加賀の一向宗寺院分布地帯は、純農村というより、潟や河川の入り交じった「水の世界」であり、小松市長崎もそうした土地であった。この地方には東海三河からの門徒移住の伝承もあった。門徒移住のあり方は、農民集団の挙村移住ではなく、交通・運輸・商業・漁業などに従事する人々の一族・グループごとの移住というものだった可能性が高い。以上が、昨年の調査結果をふまえた今年の成果である。今後は、今回の研究で確認できた事実が、どの程度の普遍性をもっているか、その究明が課題になると考える。
英文摘要
本年度の調査・研究では、昨年の研究で具体的な成果を上げた室町・戦国時代における本願寺教団の北方布教・門徒移住の問題に、焦点を絞った。そして、本願寺教団の北方布教の基地であり、移住門徒の故郷でもあった北陸地方(加賀・越前)に重点を置き、この地域の一向宗寺院に、門徒集団の北方への移動・移住を物語る資料が残されていないか、発見につとめた。また、門徒集団の「移動性」の具体像を探ることにも力を入れた。調査の対象としたのは、本願寺蓮如教団の拠点越前吉崎(福井県金津町)と、周辺(石川県加賀市・小松市)の一向宗寺院であり、さらに、地元の研究者との交流を行う中で、資料の収集につとめた。その結果、判明した事実は次のようなものである。1、吉崎を始め、福井・石川両県(越前・加賀)に分布する一向宗寺院には、門徒団の北方移住を物語る資料や伝承は、ほとんど残されていない。2、そうした中、小松市長崎の真入寺には、加賀から新潟をへて秋田への移住を物語る伝承が残され、秋田側(秋田市真敬寺)の資料ともほぼ一致した。3、移住門徒の故郷である越前・加賀の一向宗寺院分布地帯は、純農村というより、潟や河川の入り交じった「水の世界」であり、小松市長崎もそうした土地であった。この地方には東海三河からの門徒移住の伝承もあった。門徒移住のあり方は、農民集団の挙村移住ではなく、交通・運輸・商業・漁業などに従事する人々の一族・グループごとの移住というものだった可能性が高い。以上が、昨年の調査結果をふまえた今年の成果である。今後は、今回の研究で確認できた事実が、どの程度の普遍性をもっているか、その究明が課題になると考える。
期刊论文(0)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
北東北・道南地域における「古代末期防御性集落」の分布および構造についての研究
-
批准号:13871045
-
项目类别:Grant-in-Aid for Exploratory Research
-
资助金额:$1.47万
-
财政年份:2001
-
负责人:齊藤 利男
-
依托单位: