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「文検」(文部省中等教員資格検定試験)の実態に関する研究ー教育科を中心にー

「文検」(文部省中等教員資格検定試験)の実態に関する研究ー教育科を中心にー
“文肯”(教育部中等教师资格考试)实际情况研究——聚焦教育部——
批准号:
04610172
负责人:
渡部 宗助
金额:
$0.58万
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for General Scientific Research (C)
财政年份:
1992
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
1992 至 --

项目摘要

项目成果

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中文摘要
翻译
(1).「文検」とは、文部省教員資格検定試験の略称である。狭義には師乾学校・中学校・高等女学校教員検定をいうが、広義には、高等学校(高等科)教員検定(「高検」大正8年以後)と実業学校教員検定(大正11年以後)を含んでいる。「文検」と略称されるようになったのは「高検」実施以降のことと思われる。(2) 狭義の「文検」は、1885年(明治18)から1943年(昭和18)まで59年間、78回実施された。(1889、1890の2年間は実施されず、1922年以後は原則として年2回実施された。)第二次大戦後の教育改革、教員免許法によって廃止されたが、教育刷新委員会の初期の建義では存続が予定されていた。廃止論は、大正期にもあり(例えば、澤柳政太郎「教育尊重と文検廃止論」1923)、その論理と系譜については今後検討しなければならない)(3)「文検」の制度と実施の全体については、船寄俊雄の詳細な研究がある。「文検」の実体は、各科によってかなり異なった様相を提しており、教育科については、師範学校以外では重きを置かれなかった。したがって、試験委員とその学説及び試験問題内容分析が教育史研究として重要と思われる。(4)「文検」の試験社会において持つ意味は、問題集の出現(早やくは1888年)、受験参考書の簇生、大正期の専門雑誌『文検世界』(1915年)、『文検の世界』(1918年)の発刊において跡づけることが出来る。(5)「文検」出身教員の学校現場における地位・環境については不明だが、文検出身者連盟の結成運動が具体的動向の一つであった。
英文摘要
(1).「文検」とは、文部省教員資格検定試験の略称である。狭義には師乾学校・中学校・高等女学校教員検定をいうが、広義には、高等学校(高等科)教員検定(「高検」大正8年以後)と実業学校教員検定(大正11年以後)を含んでいる。「文検」と略称されるようになったのは「高検」実施以降のことと思われる。(2) 狭義の「文検」は、1885年(明治18)から1943年(昭和18)まで59年間、78回実施された。(1889、1890の2年間は実施されず、1922年以後は原則として年2回実施された。)第二次大戦後の教育改革、教員免許法によって廃止されたが、教育刷新委員会の初期の建義では存続が予定されていた。廃止論は、大正期にもあり(例えば、澤柳政太郎「教育尊重と文検廃止論」1923)、その論理と系譜については今後検討しなければならない)(3)「文検」の制度と実施の全体については、船寄俊雄の詳細な研究がある。「文検」の実体は、各科によってかなり異なった様相を提しており、教育科については、師範学校以外では重きを置かれなかった。したがって、試験委員とその学説及び試験問題内容分析が教育史研究として重要と思われる。(4)「文検」の試験社会において持つ意味は、問題集の出現(早やくは1888年)、受験参考書の簇生、大正期の専門雑誌『文検世界』(1915年)、『文検の世界』(1918年)の発刊において跡づけることが出来る。(5)「文検」出身教員の学校現場における地位・環境については不明だが、文検出身者連盟の結成運動が具体的動向の一つであった。
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