课题基金 / 基金详情

14.15世紀におけるチェコの社会構造とその特質

14.15世紀におけるチェコの社会構造とその特質
14、15世纪捷克社会结构及其特点
批准号:
05710229
负责人:
薩摩 秀登
金额:
$0.58万
依托单位:
依托单位国家:
日本
项目类别:
Grant-in-Aid for Encouragement of Young Scientists (A)
财政年份:
1993
资助国家:
日本
项目状态:
已结题
起止时间:
1993 至 --

项目摘要

项目成果

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中文摘要
翻译
神聖ローマ皇帝カ-ル4世は、選挙侯の独立性を認めることによって皇帝選挙に伴う分裂を回避し、中世後期から近代に至るまでの帝国の支配体制を築いた人物として知られるが、一方で彼は、チェコ王としての立場から、チェコ王国、特にその「首都」プラハをルクセンブルク家の権力基盤として位置付け、これを中心に帝国統治を行うことも試みていた。この努力は、カ-ルの死後に皇帝権が次第にルクセンブルク家の手を離れていったために短命なものに終り、結果として神聖ローマ帝国に「首都」を創る試みは挫折した。しかしカ-ルの在位中の短い期間だけであるが、プラハが制度的にも人的にも帝国統治の最も重要な拠点になっていたことは、P.モラフの研究によって明らかにされている。さらにこの時期が英仏百年戦争と重なっていたこともあり、カ-ルは北イタリアからライン下流を結ぶ通商路を、チェコを経由するように変更させようとした。プラハで行われた大規模な都市改造、拡張プランは、これらの目的に沿うものであった。しかし同じ時代にパリやロンドンなどがそれぞれ自立的な王国の首都として発展していったのと比較して、プラハの場合には神聖ローマ帝国の首都として位置付けられることを困難にする要因がいくつかあったと考えられる。経済的に帝国の中心に位置していなかったことのほかに、ドイツ人の勢力圏の東の端にあり、ドイツ系、スラヴ系住民の混淆する地域であったことも重要である。それだけに、カ-ルがこの都市を一種のコスモポリタンな都市として発展させる構想を抱いていたことは注目される。ヨーロッパにおける地域の発展の一例として、中世後期から近世まで視野を広げてその社会構造を今後も考えていきたい。
英文摘要
神聖ローマ皇帝カ-ル4世は、選挙侯の独立性を認めることによって皇帝選挙に伴う分裂を回避し、中世後期から近代に至るまでの帝国の支配体制を築いた人物として知られるが、一方で彼は、チェコ王としての立場から、チェコ王国、特にその「首都」プラハをルクセンブルク家の権力基盤として位置付け、これを中心に帝国統治を行うことも試みていた。この努力は、カ-ルの死後に皇帝権が次第にルクセンブルク家の手を離れていったために短命なものに終り、結果として神聖ローマ帝国に「首都」を創る試みは挫折した。しかしカ-ルの在位中の短い期間だけであるが、プラハが制度的にも人的にも帝国統治の最も重要な拠点になっていたことは、P.モラフの研究によって明らかにされている。さらにこの時期が英仏百年戦争と重なっていたこともあり、カ-ルは北イタリアからライン下流を結ぶ通商路を、チェコを経由するように変更させようとした。プラハで行われた大規模な都市改造、拡張プランは、これらの目的に沿うものであった。しかし同じ時代にパリやロンドンなどがそれぞれ自立的な王国の首都として発展していったのと比較して、プラハの場合には神聖ローマ帝国の首都として位置付けられることを困難にする要因がいくつかあったと考えられる。経済的に帝国の中心に位置していなかったことのほかに、ドイツ人の勢力圏の東の端にあり、ドイツ系、スラヴ系住民の混淆する地域であったことも重要である。それだけに、カ-ルがこの都市を一種のコスモポリタンな都市として発展させる構想を抱いていたことは注目される。ヨーロッパにおける地域の発展の一例として、中世後期から近世まで視野を広げてその社会構造を今後も考えていきたい。
期刊论文(0)
专著(0)
科研奖励(0)
会议论文
中世チェコ王国の国家的,社会的構造
  • 批准号:
    01790100
  • 项目类别:
    Grant-in-Aid for Encouragement of Young Scientists (Research Fellowship)
  • 资助金额:
    $1.22万
  • 财政年份:
    1989
  • 负责人:
    薩摩 秀登
  • 依托单位:
海外基金